広告
広告
https://www.7key.jp/data/thought/hotoke/nyorai.html#what
如来は「にょらい」と読み、サンスクリットの「タターガタ【tathaagata】」の訳語で「真理に到達した者」との意味を持つ。音写は「多陀阿伽陀」。仏教が成立した当時、悟りを開いていたのは釈迦如来だけであったが、初期の仏教教理の中で過去七仏が案出された。そして大乗仏教が成立していく中で、薬師如来や阿弥陀如来などが考え出され、密教においては大日如来が生み出された。このように、釈迦如来に限らず他にも如来が存在すると考えるのは三世十方諸仏(さんぜじっぽうしょぶつ)の思想に基づく。これは、過去・現在・未来の三世、東西南北・東南・西南・東北・西北・上下の十方のどこにでも仏がいるとの考えである。それぞれの如来は、我々の存在する世界とは遠くはなれた三世十方にある仏国土に住むと考えられている。
如来の姿は、全て出家後の釈迦如来がモデルとなっている。三十二相八十種好を備え、衲衣だけをまとい装飾品や宝冠などを身に付けていない(大日如来は例外)。従ってどの如来も似た姿をしているため、印相などによって見分けることとなる。
宇宙そのものを「はたらき」(智)の側から見たのが金剛界で、「かたち」(理)の側から見たのが胎蔵界。両界は本来一体だが(金胎不二、理智不二)、2つの視点から宇宙を捉えている。金剛界では、大日如来を中心に、東方に阿閦如来、南方に宝生如来、西方に阿弥陀如来、北方に不空成就如来が配され、これを金剛界の五智如来と呼ぶ。五智宝冠(ごちほうかん)とはこの五仏をあらわしたものである。胎蔵界では、大日如来を中心に、東に宝幢如来(ほうどうにょらい)、南に開敷華王如来(かいふけおうにょらい)、西に無量寿如来(むりょうじょにょらい)、北に天鼓雷音如来(てんくらいおんにょらい)が配され、これらが五如来となる。
広告