第39番札所 赤亀山延光寺
赤亀山延光寺の基本情報
- 最終更新
- 2007-05-21T00:00:00+09:00
- この記事のURI参照
https://www.7key.jp/data/shikoku88/s39_enkouzi.html#basic
- 正式名称と通称
- 赤亀山寺山院 延光寺(しゃっきざん えんこうじ)/通称:-
- 本尊と宗派、開基
- 薬師如来 / 真言宗智山派 / 行基菩薩
- 真言
- オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ
- 御姿
-
- 御詠歌
- 唱え奉る 四国霊場 第39番 赤亀山 延光寺 の御詠歌に
- 南無薬師諸病悉除の願こめて 詣る我が身を助けましませ(なむやくし しょびょうしつじょの がんこめて まいるわがみを たすけましませ)
- 所在地と電話番号
- 〒788-0782:高知県宿毛市平田町中山390(0880-66-0225)
- 前札所と次札所
- 前札所:第38番札所 金剛福寺(55.1km)/次札所:第40番札所 観自在寺(29.8km)
- 交通と駐車場
- 徒歩:金剛福寺→足摺岬→以布利→伊豆田峠→四万十川橋際→寺山口→延光寺
- 高知県交通バス:足摺岬→土佐中村(1時間33分)、高知県交通宿毛行:土佐中村→平田(寺山口)(35分)、下車後徒歩(1km)
- 土佐くろしお鉄道中村駅下車。足摺岬行きバス1時間30分(終点下車)。徒歩5分。
- 駐車場:無料(70台:境内まで徒歩2分)
- 宿泊
- 宿坊100人(3800円)、要予約
赤亀山延光寺のその他情報
- 最終更新
- 2007-05-21T00:00:00+09:00
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歴史と謂れ
神亀元年(724年)に、聖武天皇の勅願により行基が開基、本坊と十二坊を建立したとされる。本尊の薬師如来は、行基が一刀三礼で彫り上げたもの。山号は薬師の瑞相にちなみ亀鶴山とされ、亀鶴山施薬院宝光寺と号した。延暦14年(795年)には桓武天皇の勅願所となり、弘法大師が来錫、霊域を天皇に秦答して勅願所として再建された。この時、日光月光の両菩薩を脇侍として刻み安置し、四国霊場札所に定めた。それから100年以上たった延喜11年(911年)、姿を消していた寺の池の赤い亀が竜宮城から銅鐘を背負って帰ってきたことから、山号と寺号が改められたとされる。境内の地のほとりには、この亀の石像が安置されている。中世に入り寺運は隆盛であったが、近世に寺運は衰退し、一時廃寺となるが、間もなく再興される。
堂塔
寺の山門を入れば、本堂、大師堂がある。
その他
行事
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その他の情報
- 弘法大師は、里の人たちが飲み水に困っているのを知り、錫杖で地面を突き清水を涌出させ里の人の苦境を救ったという古事がある。その跡は今も残っている。
- 伝説にもある釣り鐘は、延喜11年(911年)の銘がある大変古いもので、国宝に指定されている。明治時代には、県議会の合図に使用するために高知県庁に運ばれた。また、伝説にちなんで黒田杏子が詠んだ「おぼろ夜の赤亀にのる鐘ひとつ」との詩碑が枯れ庭に立っている。
- 「目洗い井戸」の宝医水と呼ばれる水が現在も本堂の横にある。眼病に御利益があると伝えられ、信者は井戸水で日を洗って眼病治癒を祈願する。
- 都御所の橘が枯れかかっていたおり、延光寺と金剛福寺の住職が京都によばれた。不動軸を前に祈祷すると掛け軸のお不動様がにっこりと笑い、その後橘が芽吹いたといわれる。現在も帰勢金岡筆の笑不動の軸として寺宝にされている。
- 亀の背中御朱印がもらえる。
- 寺から500mほど離れた場所に、奥之院南光院がある。
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Copyright (C) 2007 七鍵 key@do.ai 初版:2007年05月21日 最終更新:2007年05月21日