バイロン【George Gordon Byron】
バイロンの概要
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ジョージ・ゴードン・バイロン【George Gordon Byron, sixth Baron】(1788年1月22日 - 1824年4月19日)はイギリスの詩人。
バイロンの略歴
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- 1788年1月22日:ロンドンに生まれる。
- 1781年:スコットランドのアバディーンに移る。
- 1798年:第5代バイロン男爵が亡くなったため第6代バイロン卿となり、父祖の地ノッティンガム州へ移る。
- 1790年:ロンドンに出てハロー校へ。
- 1805年:ケンブリッジ大学に入学。
- 1807年:詩集『懶惰の日々』【Hours of idleness】を出版するが、翌年エディンバラ・レビュー誌に非難される。
- 1809年:諷刺詩『イギリス詩人とスコットランド批評家』【English Bards and Scotch reviewers】を出版。
- 1808年:ケンブリッジを去り、1811年までポルトガル、スペイン、ギリシャなどを旅し、帰国後ロンドンに住む。
- 1812年:上院で紡績工のラッダイト運動を弾圧することに抗議する演説をおこなう。
- 1812年:旅行の成果である『チャイルド・ハロルドの巡礼』1・2巻【Childe Harold's Pilgrimage】を出版。
- 1813年:『異端者』【The Giaour】
- 1813年:『アバイドスの花嫁』【The Bride of Abydos】
- 1814年:『海賊』【The Corsair】
- 1814年:『ララ』【Lara】
- 1815年:『ヘブライの旋律』【Hebrew Melodies】
- 1815年:アナベラ・ミルバンクと結婚(このときにもうけた子が世界最初のプログラマーとされているエイダ・ラブレス)。
- 1816年:別居し、その乱れた生活が指弾を受けたため、イギリスを去りスイスのジュネーヴに移る。
- 1816年:『パリジナ』【Parisina】
- 1816年:『コリントの包囲』【The Siege of Corinth】
- 1816年:『夢』【The Dream】
- 1816年:『シヨンの囚人』【The Prisoner of Chillon】
- 1817年:『マンフレッド』【Manfred】
- 1817年:『タッソーの嘆き』【The Lament of Tasso】
- 1818年:『ベッポ』【Beppo】
- 1819年:『マゼッパ』【Mazeppa】
- 1821年:『マリーノ・ファリエロ』【Marino Faliero】
- 1821年:『ダンテの予言』【The Prophecy of Dante】
- 1821年:『サルダナパラス』【Sardanapalus】
- 1821年:『二人のフォスカリ』【The two Foscari】
- 1821年:『カイン』【Cain】
- 1823年:『天と地』【Heaven and Earth】
- 1823年:『島』【The Island】
- 1823年:『青銅の時代』【The Age of Bronze】
- 1823年:『ドイツ生まれ』【Werner】
- 1824年:『不具の変身』【The Deformed Transformed】
- 1824年:ギリシャ独立戦争に参加するためにミソロンギに上陸したが、熱病にかかって同地で死んだ。
バイロンの残した名言
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- 男の恋は男の人生の一部であり、女のそれは女の全生涯である(『ドン・ジュアン』より)。
- きみのためにたとえ世界を失うことがあろうとも、世界のためにきみを失いたくはない。
- すべての悲劇というものは死によって終り、すべての人生劇は結婚をもって終る。
- ずいぶん敵もいたけれど、妻よ、お前のようなヤツは初めてだ。
- そなたのためにたとえ世界を失うことがあっても、世界のためにそなたを失いたくない。
- 愛する女と一緒に日を送るよりは、愛する女のために死ぬ方がたやすい。
- 古き良き時代。全ての時代は古くなると良くなるものである。
- 国を建てるには千年の歳月でも足りない。だが、それを地に倒すのは一瞬で充分である。
- 私の時間になった。死ぬことなどはなんとも思わない。だがこの世に愛するものを残しているのは、なんと心残りな事だろう。さあ、それでは眠ることにしよう。
- 私は人を愛する心が浅いのではない。自然を愛する心が深いのだ。
- 私は早く死にたい。私は老人になりたくない。
- 数多い恋人の情を集めても、我が胸に燃える友情の火には及ばぬ。
- 草のそよぎにも、小川のせせらぎにも、人もし耳をもたばそこに音楽がある。
- 悲しみは賢者の教師であるに違いない。なぜなら悲しみは知識だから。
- 恋と結婚は同じ故郷に生まれた仲でありながら、ほとんど結びつくことはない。
- 艱難は真理に向かう第一歩である。戦争であれ、嵐であれ、女の怒りであれ、艱難を見事に耐え抜いた者は、たとえ18才であろうと80才になっていようと、非常に貴重な体験をしたことになる。
バイロンの逸話
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- いわゆるバイロニズムは、当時の偽善と偏見を嘲罵し、イギリス・ロマン主義を代表する作風。
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Copyright (C) 2007 七鍵 key@do.ai 初版:2007年10月12日 最終更新:2007年10月12日